日本の自殺の現状

日本の自殺者数

 私たちの住んでいる日本では、毎年約3万人以上の方が自殺で亡くなっています。戦後もっとも自殺者が多かったのが平成15年(2003)の34,427人でした。
 3万人を超える人の数は、すぐにイメージできません。例えば市民が多く参加した「東京マラソン」。報道等で映像が流れることがありますが、あのマラソンの2009年の参加者が約35,000人です。東京都庁舎の前からひしめき合いながらスタートを切っていますが、日本ではほぼ同じ人数の方が毎年亡くなられているわけです。単純計算で一日に100人近くの方が亡くなられていることになります。
 ここ20年のうち、とくに1998年(平成10年)は私たち自殺予防運動を続けている者たちにとって忘れられない年になっています。それまで2万人台であった自殺者数が一気に8,000人も跳ね上がり、32,000人になりました。その後12年間、3万人台はずっと続き、現在に至っています。この12年間に亡くなった方を合計すると約358,000人です。この人数は愛媛県では今治市(約20万人)と新居浜市(約13万人)の人口を合せた以上になります。

国際的に比較する日本の自殺の現状

 次に、日本の自殺死亡率(各地域の死亡者数を10万人当たりに換算したもの)を、他の国と比較してみましょう。
 図1は諸外国の自殺死亡率のグラフです。日本はG8の中ではロシアに次いで二番目に高い数値になっています。G8に参加しているのは世界的にも経済力の高い国であり、日本の場合、アメリカに次いで二番目の経済力を有していますが(2010年にはGDPで中国に抜かれるといわれています)、自殺率は高く、数値的な豊かさに反比例して自殺率が低くなっておらず、他の諸国とは大きな違いがあるようです。
 経済と自殺の関連について述べるのは非常に難しく、簡単に言及できませんが、日本の場合、他の先進諸国と比較して経済の利益が国民に行き渡っていない状態で、数値に表れる豊かさが、国民の現実の豊かさに結びついていないのではないでしょうか(もちろん経済的な豊かさだけが幸福につながるわけではありません)。

社会背景と経済の影響

 先進国の中でも自殺率の高い日本ですが、なぜ、このような状況になっているのでしょうか。
 社会のイメージでは、いまだに自殺は個人の問題であり、自由な意志や選択の結果だと考えられていますが、実際はそうでなく、様々な要因が複雑に関係して心理的に追い込まれた末の死であることが明らかになっています。様々な要因を生み出す社会が変われば、自殺を減らすことができるのです。そのことを踏まえて、どのようなそれらが人々の生活にどのように結びついているのかを分析すれば、自殺の背景や原因が見えてきます。
 ちなみにここ15年ほどを振り返ると、世界的には、冷戦が終わった後、大きくバランスが変わり、アメリカによる一極的な支配がしばらく続いていましたが、そこに9・11の大きな事件が起りました。その後、アメリカがイラクとアフガニスタンに侵攻し、対抗するように様々な場所でゲリラ戦が起り、平和、安定は程遠い状態です。
 経済面でも2008年のアメリカのリーマンブラザーズの破たんによる信用不安など大きな問題が起きています。
 日本ではバブルの崩壊後、経済に活力がなく、失われた20年といわれる状況になっています。経済は弱い状態にありながら、国民には市場原理主義や自己責任など、過剰な競走と力の発揮が求められました。それはまた弱者切り捨てにも繋がったのではないでしょうか。自殺増加の原因と簡単に結びつけることは慎まなければなりませんが、そのような大きな社会の変化が背景にあることは間違いないといえるでしょう。

市町別のデータで分かる地域の特性

 厳しい社会状況は自殺問題の間接的な原因ですが、自殺の直接的な原因は私たち一人ひとりが抱える問題にあることも確かです。
 社会は常に変化して、私たちに対応を迫ります。社会についていけない気持ちが起こるのもよくあることです。
 自殺の直接的原因として個々の問題を見てみましょう。図4は、原因・動機別の自殺者数と構成比をまとめたものです。一番多いのが健康問題で次が経済・生活問題です。
 健康問題では体の不調だけでなく、うつ病などの精神疾患も含まれます。この精神疾患は経済問題や生活問題、家庭問題など表面的な問題の裏に隠れている場合も多いといわれています。
 自殺の原因を考える場合は、表面的な社会・経済的問題だけにとらわれることなく、こころの健康問題を含め背景にある様々な原因を探り、全体像をとらえて支援することが大切です。

自殺を考えた時、誰に相談したか

地域的な特性に合わせた自殺対策

 私たちが実際に、世界はもとより日本社会全体を変えることは難しく、自殺の背景にある社会の大きな流れには逆らうことはできません。また、私たちが個々に抱える問題の解決を図るのも容易ではありません。しかし、自殺は社会に与える影響も大きく、経済的な損失も計り知れません。できるだけ減らしていきたいものです。
 では、自殺を減らすために一人ひとりがどうすればいいのでしょうか。

自殺は減らすことができる

 私たちは、自殺は減らすことができるものだということを知らなければなりません。自殺は個人の自由な意志や選択なので関係がないとか、本人に任せるしかないなどと突き放したり、無関心になったりしてしまいがちです。しかし、それは誤解です。周りの人々の正しい介入によって、失われる命を助けることができるのです。(この考えは国の自殺予防対策もにうたわれており、予防対策の基本的な姿勢です 。)

大切なサインの気づきと対応

 まずは、自殺を考えている人が発しているサインに気づくということが大切です。図5は自殺を考えたとき、誰に相談したかというデータです。データを見ると約3割の人が誰かに相談しています。しかし、精神科医などの専門家や保健所・ボランティアの相談員など、いわゆる他人にはあまり相談していません。むしろ友人や家族、同居していない親族など、身内に相談していることが多いことが分かります。
 このことから、日常で接している周りの人々の気づきが大切なことが分かります。
 実際に家族や職場の同僚など身近な人は、「自殺のサイン」に気づいていることも多く、この気づきを見過ごすのか、あるいは行動に移すのかにより結果が変わってきます。
 うつ病の症状が出ていたり、原因不明の体の不調を訴えていたり、自殺にはいくつかのサインがあります(この冊子の裏表紙をご参照ください)。このサインを見逃さず、病気の場合は専門医の診察を受けることを勧めたり、そのほかの場合は専門家やボランティアに相談することなどが大切です。

高年齢だけではなく若年層も危険性は高い
 図6は自殺を考えた経験があるかという問いに対する答えですが、20代30代の若い世代の三割近くが自殺をしたいと思ったことがあると答えました。自殺は40歳以下の死因のトップになっています。
 自殺を考えたことがある若者が多いのは、エネルギーにあふれた若者でも、現代社会の中で生きにくさを感じていて、それを受けとめ解消するような社会の仕組みの希薄さが表われているのではないでしょうか。
自殺を減らすために

 自殺を減らすために、その具体的な方法として国や自治体が行っている様々な支援やセーフティーネットなどの制度・慣行の見直しの提言をはかりつつ、私たちが行っているような、様々な相談・支援体制を整えるなどの社会的な取り組みをより進めていきます。
 同時に、うつ病などの精神疾患への適切な治療が行える仕組みづくりも推進していきます。
また、そのような社会システムの構築だけでなく、「こころ」の対応として、誰でも悩みを打ち明けたり、相談したりできるコミュニティ、仕事や生活を守れる切実なつながりとしてのネットワークを作ることができれば、自殺を減らし、活力のある社会を作ることができるのではないでしょうか。