傾聴とビフレンディング松山自殺防止センターにおける自殺防止とは

 「ここは、『自殺防止センター』でしょう? 自殺を止めないのですか?」
 松山自殺防止センターでは電話による相談活動をしていますが、時折、相手の方から、このような質問を受けることがあります。
 もし、誰かから「死にたい」と相談されたとき、どのように答えるでしょうか。多くの方は、今まで自分が生きてきた中で学んだ体験や知識と比較し、相手が死なないよう、必死に説得しようとするでしょう。
「生きていればいいことがあるよ」
「死ぬほどの勇気があれば、いろんなことができるだろう」
「そんなこと言わずにがんばれよ。努力すれば何とかなるはずだろ、努力不足だよ」
そして、最後にこのように伝えてしまいます。
死んではいけない
 電話をかけてくる方の中には、日常の生活の中で、誰にも相談することができず、気持ちをわかってもらえず、苦しみを抱いている方が多くいます。さんざん努力をしたのにうまくいかず、思いつめた末に、すがるような思いで電話をかけてきたのに、それまでと同じような対応で「がんばれ」と言われてしまえば、「これ以上がんばれない」と絶望し、命を絶ってしまうかもしれません。
 私たちは、相談を受ける上で自殺を否定することも、肯定することもありません。それは、一般的な考え方と異なるからでしょうか、意外性から冒頭のような質問を受けるのです。

自殺をしたいという「気持ち」を受けとめる

 松山自殺防止センターでは、相談者が死んでしまうかもしれない、という事柄よりも、「死を考えるほど苦しんでいるという、その気持ちを受け止める」ことが大切だと考えています。
 相談者は、いろいろな方法を試し、様々な機関へ相談をし、精いっぱいの努力をして、それでも死を考えるよりほかないと追い込まれています。
 努力できる範囲も、また、能力も様々です。それぞれの相談者の現状は、そのときに有している最大の努力であるということへの配慮が大切だと考えています。そういう視点に立てば、相談員の立場や価値観で相手の置かれた状況を勝手に判断してアドバイス等を行うということが、いかに無意味であるか、ということに気づきます。

こころを支えるビフレンディング

 私たちは追い詰められた立場にいる方に対して、基本的にアドバイスを行ったり、不必要に励ましたりすることはしません。ただ相手の話をじっくり聴いて(傾聴)、その気持ちに共感し、そばに寄り添い続けることを心がけています。
 気持ちに寄り添うこと、それを私たちは「ビフレンディングbe‐friending)」と呼んでいます。
 ビフレンディングとは「be friend」より派生した言葉で、「友達になる」という意味を持っています。私たちは自分たち相談員のことをビフレンダーと呼び、また、相談者のことを、悩みの電話をかける人、としてコーラーと呼んでいます。(※以下、相談員をビフレンダー、相談者をコーラーと表します。また、コーラーに対する敬称は省略します。)
 一般的に「相談員」といえば、悩みを抱えている人に対して、自分の方が上の立場であると意識し(あるいは無意識に)、悩みを訴えてくる相手に対し、「自分の力で何とかできるのではないか」という気持ちを抱いてしまいがちです。コーラーが自分に悩みを打ち明けたことで、自分の中には相手にはない解決方法があると錯覚し、その方法が、相手にとって選択しうるものであるのかということを意識の外に置いてしまいかねません。
 しかし、実際は、人は誰も「自分自身の中にあるものとしか向き合えない」のです。これは、言い換えると、「解決策は、常にその人自身の中にある」ということです。相談活動においては、この可能性を信じて、コーラーが話そうとしている事柄のみにとらわれることなく、その奥にある思いを汲みとりながら、粘り強く耳を傾け続けることが、とても大切です。

打ち明ける前に信頼関係が大切

 ビフレンダーが話を聞き続けるためには、コーラーが、私たちビフレンダーに対して、悩んでいる内容を言葉にして外に出すということが必要になります。そして、コーラーがその思いを十分に話せるようになるために、コーラーとビフレンダーの間に、十分な信頼関係があることが大切です。
 例えば、相談をした相手から自分の考え方や人格を否定されたら、相談した自分の悩みの内容が、後日、全く関係のない第三者に勝手に伝わっていたと知ったらどのように感じるでしょうか。
 ビフレンダーに対する不信感を抱き、「この人にはもう二度と相談したくない」と感じるのではないでしょうか。
 コーラーとの信頼関係を築くために大切なことは、「絶対に秘密を守ること」、そして、「コーラーの人格を敬う気持ちを持つこと」であると私たちは考えています。
 このため、まず相談活動では、コーラーの意思を尊重します。また、匿名でのお互いの関係を大切にし、相手が名乗ろうとするまで名前を尋ねることは原則としてありません。これは、ビフレンダーの個人的な立場を守るという点からも大事なことであり、お互いの名前がわからない、顔の見えない関係であるからこそ、話せる内容というものもたくさんあります。
 コーラーの意思を尊重し、その秘密を保持するということは、徹底して受動的なために、ビフレンダーにとって、辛く感じることもあります。そのため、ビフレンダー同士の支えあいもとても大切なものになっています。
 私たちの団体は、松山自殺防止センターであり、自殺という言葉に何らかの思いを抱いて電話をかけてくるので、コーラーの大部分は死にたいという思い「希死念慮」を多少の差こそあれ、持っています。
 希死念慮を持っていることを受け入れ、ただひたすらに耳を傾けコーラーの気持ちを支え続けることによって、一時的であったとしても「自死」という意思から自分の気持ちを遠ざけることができ、やがてコーラーは自ら解決方法を見出してゆくのです。
「止めないのですか?」
 こう問いかけるコーラーの多くは、話を充分に聴いた後、気持ちの動揺や混乱が収まり、ある程度の冷静さを取り戻した方たちです。「死を選ぶこともまた、コーラーの権利である」と私たちは考えています。

限界を真摯に受けとめる

 電話を置いた後、彼ら・彼女らがどのような選択を行ったのか。それを知ることは私たちにはできません。
悩みの苦しみから抜けだせず、何年にもわたって何十回とやりとりを繰り返す場合もあります。
 しかし一方で、一年、二年、十年と、私たちのような活動を行う人々がコーラーの話に耳を傾け続けることで、やがて解決方法を見出し、自立してゆく人たちがいることもまた事実です。

多くの人と社会のなかで

 私たちがコーラーのために出来ること。それは本当にちっぽけなことかもしれません。それでも、私たちがいて、他の相談機関の人たちがいて、お医者さんたちがいて、カウンセラーの人たちがいて、地域の人たちがいて、近所の皆さんがいて、友達がいて、近くに寄り添ってくれる人がいる…。そんなたくさんの「ちっぽけ」が合わさってこそ、本当に「大きな力」が生まれるのだと、私たちは信じています。
 あらゆる人が持っている、ごくわずかな力こそが、社会の中で誰にも言えない悩みを抱えている、お互いの気持ちを支えているのだ、ということを、伝えたいと思います。一人ひとりの存在こそ、自殺防止のために欠かせない、大切な存在なのだと言うことを