1998年(平成10年)より、毎年全国では3万人を超える人々が自ら命を絶つという状況が続く中、愛媛県でも、同年来、毎年400名を超える人々が自ら命を絶っています。
図1は、1993年(平成5年)〜2009年(平成21年)までの自殺者数を全国と愛媛県で比較したもの(警察庁データ)です。この資料によると、2008年の県内における自殺死亡者数は1年間で418名。2007年に比べて9名減少したものの、依然400名を超える水準で推移しています。
1998年には、全国的に自殺者が急増(+8,472名)しましたが、同年、愛媛県でも前年の317名から3割以上(107名)と、自殺者が急増しています。その背景には、1997年より始まった、大手金融機関の崩壊に象徴されるバブル崩壊による不況があると考えられます(金融機関の崩壊は1996年)。その後、2003年(平成15年)にも県内、全国ともに大きなピークを迎えていますが、これは2001年にこったアメリカ同時多発テロ後の世界的な経済不況が背景として考えられます。グラフをみると全国と地方である愛媛がほぼ同じ変化をたどっており、全国の変動と愛媛県の変動は関連性があることがわかります。
2008年の資料では、愛媛県の1年間の自殺死亡者数は全国で26番目の多さです。また、自殺死亡率(各地域の死亡者数を10万人当たりに換算したもの)は、28・9で、全国で16番目の高さです。
2009年の1月から9月までの愛媛県における自殺死亡者284名。2008年の309名から25名減少。一方、全国では、2008年は24,105人、2009年が24,846人で、661名増加しています。
また、死亡率では、2008年=21・4ポイントが2009年=19・6ポイントになり、0・8ポイントの減少、全国は2008年が18・9ポイントで2009年が19・5ポイントになり、0・6ポイントの増加ですから、この2年にかぎってみると愛媛県は改善しているといえます。
都道府県別順位では、自殺者数が31位、自殺死亡率が26位ですから、特に自殺死亡率においては改善されつつあるといえます。
しかし、この2年の変化は改善傾向にあるとはいえ、変化の幅は小さく、全体的には全国の変化と同じ動きをたどることが予想されるので、愛媛県だけが独立して改善されるのか、今後の動きに注目したいと思います。
図2・3は、2008年と2009年の自殺者数の月別の動向を、全国と愛媛県別に表したものです。全国的にも愛媛県にも、同様にに2回の大きなピークがあったことが分かります。
最初のピークは春にあり、3・4・5月あたり。その後、夏にかけて少しずつ下がっていき、秋の10・11月あたりに、二つ目のピークがあります。
2008年秋には、アメリカでのサブプライムローンの焦げ付きにより、リーマンブラザーズが倒産しました。その後、世界同時不況が起り、日本でも多くの企業の収益が悪化して、派遣切りなどの問題が頻発しました。愛媛県では、大手電器メーカーなどの子会社・工場が事業縮小で閉鎖が相次ぎ 因果関係を語るには、経済のデータ等を分析し、自殺問題との関連性を考えなければなりませんが、2008年の10月には、自殺者件数が全国・愛媛ともに急激に多くなっていることが読み取れます。全国では、翌年の2009年は、前年を上回るペースで推移していることが分かります。
愛媛県では2009年1月の自殺者数が急上昇するなど、実際に世界同時不況の影響が地方の経済や自殺問題に影響を与えていることが窺われます。日本全体の経済と地方である愛媛の経済の変化に注意が必要です。
図4は、2003〜2007年の一年間の県内の自殺死亡者数を、市町別に表したものです。グラフを見ると、松山市での死亡者数が125名と、1番多いことがわかります。愛媛県全体の4分の1近くに相当します。ところが、同じ状況を、「自殺死亡率(各地域の死亡者数を10万人当たりに換算したもの)」を使って比較してみると少し違った数値が表れます。
図5の自殺死亡率では、単純に人数を比較した場合とは少し違った問題点が浮かび上がります。グラフは、左から、人口が多い市町から順番に並べられています。このグラフで見ると久万高原町が特に高く、続いて松野町、内子町、鬼北町など、山間地で過疎の深刻な地域が、比較的自殺率が高いことがわかります。
自殺率は高くないものの、多くの自殺者を生み出す松山市と、自殺者の数は多くないものの、自率が高い山間にある町。
自殺者数と自殺死亡率。二つのデータから背景を読み取らなくてはなりません。
松山市は県内で最も人口が多い都市型の市で、久万高原町は人口の少ない過疎化の進む地域です。
自殺の大きな要因といえる「孤独」を考えると、核家族を中心とした集団から切り離された生活形態、精神的にも、個別にばらばらの状態の「都市型孤独」と、古いコミュニティや生活形態、因習が残りながら、社会の変化で急速にそれが崩壊しつつあるなかで「過疎地型孤独」のような2つの背景が考えられます。
東京・大阪・名古屋などの大都市ではほぼ都市型の孤独が占めているが、地方である愛媛などでは、全体としては過疎地型孤独が占めるなか、都市型の孤独が松山を中心に広がっている。そのような背景があり、それがそれぞれの数値に現れているのではないか、という印象を受けます。
都市型孤独・過疎地型孤独、というものがあるとすると、松山に対する対策と、久万高原町に対する対策は変わってくるのではないでしょうか。それぞれの市町の状況に合わせた、地域ごとの孤独への対策が必要になってくると思います。
次に、全国と愛媛県に共通した特徴として、男性の自殺者が、死亡者数・死亡率ともに女性の自殺者を圧倒的に上回ることが分かります。愛媛県では、2007、2008年を通算すると全体で845人が自殺で亡くなっており、このうち男性が603名、女性が242名で、男性が女性の約2・5倍となっています。
図6は、県内における、年代別の自殺死亡者数です。50歳代の死亡者数が最も高く、これに60歳代が続いています。
次に、図7は職業別の自殺者数です。
自営業者・家族従事者と被雇用人・勤め人の自殺者数よりも、無職者の自殺者数が圧倒的に多いことがわかります。
この図6と図7のグラフの数値を全国と比較すると、ほぼ同様の傾向を示しており、何らかの事情で職に就いていない、50歳代〜60歳代の男性が自殺という手段を選ぶことが多い、とみることができます。
図8は、2008年度の愛媛県の自殺の原因のデータです。全体では健康問題で自殺を選ぶ方が一番多くなっています。
無職者では、男女とも、健康問題が原因で自殺を選ぶ方が圧倒的に多く、また、経営者・被雇用人では、経済・生活に関する問題で自殺を選ぶ方が多く、2番目が健康問題となっていて、無職者と逆転の現象が起きています。
推測ですが無職者は、健康問題を抱えた後に無職となり、経営者や被雇用人では、事業不振などにより生活に行き詰まったということが読みとれそうです。
しかし、自殺の原因は本人が遺書等ではっきり書いていることはまれなため、残された遺族や関係者の憶測が多く、実際にどうであったのか、真相はわかりません。詳しい生活状況や人間関係など、根気強い調査が望まれます。
図9は、2008年の自殺が行われた場所のデータです。データの示す通り、自宅で最期を迎える方が圧倒的に多いことが分かります。そのほかの場所の構成は、全国と比較してほとんど同じになっています。
愛媛県では、自殺者数・自殺率や、そのほか様々な傾向も基本的には全国の変化と同じような推移をみせることが分かりますが、地方の一つの県であるために、地元企業の倒産や大企業の工場撤退など、社会の影響が直接的に現れるようで、変動の振幅が激しく、先行きの予測が立たない状況であることが分かります。
また、自殺者の構成は、無職で、40歳代以上の男性が健康問題を理由として自宅で命を閉じるケースが多い、というのが分かります。
愛媛県と全国の傾向が同じような状況であることを考えると、国全体で自殺対策に取り組むことに効果があるといえるのではないでしょうか。
国全体で自殺問題に取り組むと、愛媛県の自殺問題にも波及効果が期待できます。
また、自殺問題と密接に関わる経済に関しては、世界的なグローバル化の中にあったり、日本全体が不景気に見舞われるなど、地方はなかなか中心になって引っ張っていくことができません。地方経済を活性させていくためには、国全体の経済が活性する取り組みが必要です。
図4・5のように愛媛県内でも地域によって自殺者数や自殺死亡率に微妙な違いがあることが分かります。この微妙な違いは、そこに住む住民こそが把握できるものでしょう。
松山のような都市部やその周辺の地域では核家族化が進み、それ以外の地域では、過疎化と高齢化が急速に進行しています。
それによって地域のコミュニティがどのように変化しているのかは、そこに住む住民ならよく分かるでしょう。それによって地域に応じたきめ細やかな対応をすることができます。
従来のコミュニティが活かせるのか、新たなコミュニティを作り上げたほうがいいのか、限界集落の中で生活する独居老人への対策と、都会化された中で生活する若者への対策は、当然違ってくると思います。
「うつ病」などの病に対する認識も都市化されているところと、それ以外では大きな違いがあります。精神科などの医療機関へ通い、医学的な措置をとるということに関する認識も違います。
過疎化や高齢化が進んでいる地域でインターネットなどを使った情報提供や相談は有効ではありません。むしろ、いままでの生活にあった近所付き合いのようなものを再構築したほうがいいかもしれません。また、そのような地域では、医学的な措置を近所に知られたくない思いが強い場合もあります。
そのようなあらゆる状況に対応できるシステムづくりが求められています。
「孤独」と「疎外感」に対してどのように向き合うのかも大きな問題です。
経済や社会のシステムがよくなるだけでは、自殺問題の真の予防対策にはなりません。
人間関係は非常に難しいものです。センチメンタリズムではなく、かといって無関心でもない、冷静だけど温かい関係が構築できれば理想です。
愛媛県では、幸いにもまだ地域のコミュニティが残っています。様々なコミュニティの中で、誰かが『こころのそばにいる』ということを伝えられる場が残っています。
私たち松山自殺防止センターでは『傾聴』という方法が有効だと考えています。それぞれの地域に傾聴の知識を持った人がいて、身の回りに孤独だと感じている人がいるということに気づくことが出来れば、より良い地域に近づくのではないでしょうか。そのような地域での生活なら、きっと自殺を減らすことができると思います。